印象に残った試合 第1位

1999年11月14日
FC東京 0-1 ベガルタ仙台
(駒沢陸上競技場)
当サイト観戦記はなし。オフィシャル記録はこちら。
負けた試合を1位にするのはどうかとも思ったが、「印象に残った」という点で、これを上回る試合はなかった。
1999年シーズン、J1昇格を目指すFC東京のホーム最終戦。
私はサポーターになったばかりで観戦仲間がおらず、会社の後輩2人を、仕事の手伝いをする代わりに、一緒に観戦に来てもらった(笑)
当時はJ2ということもあり、ホームゲームの観客動員数は3000人平均くらいだったが、この試合はFC東京のJ1昇格がかかった大事な試合ということもあり、ラジオ(ニッポン放送)でも告知するなどの成果もあってか、7000人以上もの観客が集まった。
まだ100人いるかいないかのこじんまりとした集団だったゴール裏サポーターも必死で、私達はその脇で観戦していたが、太鼓を持った人が私達のところに来て一緒に立って応援するよう呼びかけられた。
東京はJ1昇格圏内の2位だったものの、これまでの6試合で1勝5敗の最悪の状況だった。前日の試合で3位大分が勝利。
もし東京が負ければ3位に転落し、自力昇格はなくなる。
しかし当時の仙台も調子が悪く下から2番目の順位で、これまでの3試合全て東京が勝利している。
だから負けることはないだろうと考えていた。
緊急事態のため、10月のナビスコカップ準決勝で剥離骨折をしたアマラオが痛み止めの注射を打って先発強行出場。
選手も監督もサポーターも必死だった。
仙台サポーターも「昇格阻止」の横断幕を掲げるなど、意地を見せようと必死だったと思う。
緊張の中、キックオフ。
東京は攻め続け、シュートを打ち続けるものの、どうしても1点が奪えない。
オフィシャル記録に書かれている通り、「見えない敵」に悩まされた。
そして後半3分、カウンターから仙台の中島浩司(現在千葉に所属)いきなり30メートルのスーパーミドルを決められる。
この時点ではまだ時間があったが、私も周りも呆然とした。
敵ながらあまりにすごいゴールだった。中島自身、後に「練習でも決めたことがないシュートだった」と語っている。
(現在も千葉と対決した時は、私は中島の選手紹介があると一人でブーイングしている)
その後、アマラオや加賀見が果敢に攻め続けるが、ポストに嫌われるなど、どうしても得点が奪えない。
そしてタイムアップ。この時点でJ1昇格圏外の3位に転落。東京の自力昇格はなくなった。
倒れこむ選手達。由紀彦がアマラオに起こされる。
東京ゴール裏も呆然となった。泣いている女性サポーターもいた。
選手達がサポーターに下を向きながら挨拶に来る。
その時、ゴール裏から「まだあるぞ!」「顔上げろ!」「胸を張れ!」コール!
一生懸命戦って敗れた選手をねぎらった。
そしてホーム最終戦ということで、大熊監督のサポーターへの挨拶。
このタイミングでの挨拶ほどつらいものはないだろう。
しかし「まだあきらめていません」の一言にサポーターから拍手が起こる。
そう、まだ昇格がなくなったわけではない。
とにかく翌週の新潟との最終戦に90分以内で絶対に勝つこと。
あとは運を天に任せるのみ。
そういうことで、最後に「棚ぼた得意!!!」コール。
98年JFLに棚ぼた優勝した経験から出たコールだが、こういった状況でもユーモアを忘れない東京のサポーターはすごいと思った!
当時は私はサポーターになって1か月たっていなかったわけだが、今振り返っても、この試合で東京が何か大きなものを得たと思う。
「この敗戦がなければ今の東京はなかった」とマッチデープログラムのコラムに書いた人もいた。
それくらい重い、意味のある、印象に残った試合だった。
是非次は、これを上回る勝利の試合を見たい!
私の中では観に行かなかった試合を入れれば
99年11月22日のJ1昇格を決めた新潟戦
01年浦和との初対決(浦和サポーターに出島で監禁された試合)
01年の国立の磐田戦(互角にやりあったがラスト10分で大敗した試合)00年2ndステージ、小池が応援番組での水原アナとの公約通り30mシュートを決めた清水戦もランクインしたと思います。
10位から読んでいただいた皆さん、どうもありがとうございました。
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