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2005/06/30

サイト開設5周年振り返り企画:「サイト開設までの思い出」 その6

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ほとんど徹夜状態でホームページ開設!

 ホームページのコンテンツが決まり、いざパソコン上で作成作業に突入。
「ホームページビルダー」で、解説書を読みながら一気に作成しました。
2000年7月5日頃から作業に入り、7月9日の夜の段階でクライマックスに突入していました。
 私はHTMLタグの知識は皆無で、本当にホームページ初心者だったので、解説書とずっとにらめっこ状態でしたが、あの頃の自分の「熱意」は今考えてもすごかったですね。
その熱意は「自分の生まれ育った狛江の町に、地元チームのFC東京があるということを市民のみんなに伝えたい」「多くのFC東京サポーターに、狛江でもこういった活動をしていることを知ってもらいたい」ということから始まっていました。とにかく気合が入っていました。
 当時は狛江市民の99%が「FC東京って何?」という感覚だったと思うので、これをなんとか打開したいという使命感のようなものがありました。
現在のようにスタジアムが近くにできて、市民のサポーターが増えた状況ではあそこまでの熱意は生まれませんでしたね。
現在もあそこまでの熱意はないかもしれませんが、あの頃の気持ちはあらゆることで役立てていきたいですね。
 ホームページ作成にあたっては、「工事中」とか「近日掲載予定」などあってはならず、ほとんどのコンテンツを「完成状態」にしてからUPしないと読者の方に気に入ってもらえないと考えていたので、とにかく最初の構想した段階のコンテンツは全て掲載するつもりで作業をしました。
 ちなみに、開設段階でのTOPページのレイアウトは基本的な部分は現在と変わりませんが、表紙の写真はまだありあませんでした。
また、コンテンツに関しては、タイトルだけで説明部分は入れていませんでした。
「お店・会社紹介コーナー」に関しては、開設当初は0店で、「募集中」といったアピールで掲載していました。「KOMAEフラッグ」の写真は開設時からずっとあります。
なお、管理人のハンドルネームはこの時点では「元和泉1丁目」でした。 
さらにこのサイトは現在のように個人サイトではなく、「FC東京を応援する狛江人の会」のサイトといった感じでした。
 結局、日付が変わっても作成作業は終わらず、サーバーにUPしたのは7月10日の午前5時くらいでした。
ホームページ、掲示板も含めて開設が済んだ段階で、一番最初に会の活動を一緒にしていたOさんに開設報告のメールを送りました。
その他狛江一小時代の同級生(前年にクラス会をやって一部のクラスメートのメールアドレスは知っていたので)、そしてFC東京関連のホームページの掲示板に開設報告の書き込み&リンク依頼をし、狛江関連サイト(「狛江タイムズ」さんや「狛江ヤドカリ」さんなど)にも開設報告&リンク依頼をして、開設後の反応を待ちました。

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2005/06/27

過去に掲載した「狛江人の常識」を復活!

1.市」というのはものすごく小さい行政単位だと思っていた。
2.「どこに住んでいるの?」と聞かれると、「狛江っていうんですけど、知ってます?」と自分から逆に質問をしてしまった。
3.23区内の高校に入学すると、「狛江」というあだ名を付けられ、ばかにされた。
4.「狛江」の「狛」の文字が読めない人の方が多数派だと知らなかった。
5.電話番号に「03」がつくのを自慢した。
6.「とみん銀行」は、すごいメジャーな銀行だと思っていた。
7.大学に入るまで、「図書館」があんなに大きいものだとは思わなかった。
8.現在も、自分が唯一踊れる盆踊りは「狛江音頭」。

これくらいだっけ・・・

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サイト開設5周年振り返り企画:「サイト開設までの思い出」 その5

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狛江市内の公立学校校歌集」を企画して、「情報提供」を呼びかけたところ・・・

狛江サブカルチャーに続く参加型狛江情報「狛江市内の公立学校校歌集」の掲載を考えたのは、多分サイト開設直前でした。
今もよくあることですが、何かをしていてふと思ったことをホームページの企画に入れようとするタイプなもので。
あの時もホームページ作成中にふと考えたのがきっかけだったように思います。
私は一小・三中卒業のため、この2校の校歌は当然知っているので、モデルパターンとして掲載して、他の学校の校歌に関しては「情報提供」を呼びかけようと考えました。
ホームページを読者参加型にするにはこれも我ながらいいアイデアだと思いました。
本当は著作権に触れるのですが・・・。
その読みは当たりました。
ホームページ開設翌日に早速八小卒業の大学生の女の子から校歌の情報提供をいただいたのを皮切りに、三小・六小・二中と、次々に卒業生の方が私のサイトに情報提供という形で参加してくださいました。
そして11月に二小の校歌をUPした段階で、当時の市内の公立学校校歌集のページは、卒業生の皆さんの力で、見事完成しました!
母校の思い出よ永遠に」コーナー・「同窓会掲示板」に関しては、サイト開設時はまだありませんでした。こちらの開設の経緯に関しては後日。

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2005/06/26

サイト開設5周年振り返り企画:「サイト開設までの思い出」 その4

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狛江サブカルチャー」を企画

FC東京について何も知らない狛江人が私の作成するホームページを日常的に頻繁に見てもらうようになるにはどうすればいいか。

前回書いたように「狛江情報」を掲載することを考えたわけですが、とにかく自分がFC東京について何も知らない立場だったらどういう狛江情報が面白いのかを考えました。
読んで字の通りの「狛江情報」にして、「おすすめのお店」などを掲載するのは、当時狛江在住でなかっただけに無理でした。
それに、そういうサイトなら少ないながらも他にあったし、今後誰かが作る可能性もある。しかもそういう情報だと個性的ではなくなり、盛り上げられる自信はありませんでした。
できるなら今までにない、くせのある「狛江情報」にしたいと思いました。
 その結果、狛江人、少なくとも私と同世代の狛江人なら「そうそう、自分もそう思っていたんだよ」「なつかしい」と共感できるような情報を掲載してゆこうと考えました。
それと、できるならホームページを読んでいる人も「情報提供」という形で参加できるとさらに面白いと。
 早速自分なりに、同世代の狛江人ならきっとわかる思い出の場所・思い出のお店・思い出の出来事を知っている限り列挙しました。
ふと思いついたことは仕事の合間に手帳に書いたりしましたね。市内を歩いて写真撮影をし始めたのはこのコーナーがきっかけです。
構想を練っている段階で、我ながら「面白い」「これはいける」と思いました。
狛江という小さい町だからこそ、多くの市民が共通で知っているお店・場所も多いことも幸いしました。
結局、「狛江のあのお店」「狛江のあのスポット」「狛江伝説」「狛江の年表」に分類できました。
 この「狛江情報」のタイトルは構想段階で「狛江サブカルチャー」にしようと決めていました。
サイトの自己紹介を見ていただければわかると思いますが、私はサブカルチャー系のものが大好きでした。大きな本屋さんだったらサブカルチャー系の書籍コーナーがありますが、ああいったところに置いてある本を読むのが大好きでした。

ホームページに掲載しようとしている狛江情報も、狛江という町を知る上での正統で真面目な歴史・情報ではなく、狛江に生まれ育った人の目で見た、真の意味で狛江を知ることのできる情報でしたが、これはまさに私の好きな「サブカルチャー」に通ずるものがあると考え、「狛江サブカルチャー」が一番ふさわしいと考えました。
サイト開設当初、このコーナーが最大の「自信作」でした。
きっと共感し、情報提供という形で参加してくれる人が出てくると考え、実際にそうなりました。
なお、現在同コーナーで最も盛り上がっている有名人ネタを掲載している「狛江のあのうわさ」コーナーは、開設当初はありませんでした。これがどういう経緯で開設たに至ったのかはまた後日。

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サイト開設5周年振り返り企画:「サイト開設までの思い出」 その3

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自らホームページを開設することを決意

前回書いたように、会の立ち上げ当初はホームページ開設は「夢」の段階でした。
しかし、このままシーズンが過ぎるのを待っていたら自分は何もできずに2ndステージが終わってしまうという危機感がありました。
そこで、自分が一時的でも構わないからなんとかホームページを開設できないかと、本を読んで、作成ソフトを購入。
一応「なんとかやれそうだ」と思い、「企画段階」に突入。
まず考えたことは、会の目的を「狛江でFC東京を盛り上げる」ことが第一義と考え、「いかにして多くの狛江市民・狛江出身者にホームページを見てもらうか」に主眼を置きました。
サッカーがもともと好きで、Jリーグにも興味のある人は、多いようで結構少ない。
しかしサッカーに興味がない人でも、日本代表の試合は多くの人が観るはず。
最終的にそういう人達をも巻き込まないと狛江でFC東京を盛り上げることは難しいと思っていました。

だとしたら、狛江の人がホームページを頻繁に見ることによって、間接的にであれ、FC東京の存在を知ってもらい、地元のチームなんだと、なんとなく意識するようになればうまくいくのではないかと考えました。

ホームページの内容がFC東京とサッカーの情報だけだと、それに興味のない狛江人はいずれは見てくれなくなる。
現に私がFC東京を知るまではサッカーに関しては代表以外興味のない人間だっただけに、これはよくわかりました。
それに、サッカーについて深く知らないのに、サッカーのことばかりを深く掘り下げてホームページに掲載する自信はありませんでした。

だとしたら、自分が一番良くわかる分野といえば、生まれ育った「狛江」の情報しかない。
「狛江」の情報をきっかけにして、多くの狛江人とFC東京との接点を作ることができればと。
狛江生まれ・狛江育ちの私なら、どういう狛江情報なら飛びつくかをじっくり考えました。
そして浮かび上がったアイデアは・・・・・・。

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2005/06/25

サイト開設5周年振り返り企画:「サイト開設までの思い出」 その2

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「狛江の人いませんかー」のネットでの呼びかけから数ヶ月
「FC東京を応援する狛江人の会」の名称決定!?の経緯

00年、FC東京にとって初のJ1のシーズンが開幕。開幕戦に優勝候補の横浜に勝利。
同じく優勝候補の名古屋、磐田を撃破し、「東京旋風」を巻き起こしている時期、私はまだ一人観戦でした。
色々事情があって、数ヶ月ネット環境が家になかったもので。そして1stステージは終盤まで優勝争いに加わり、昇格後初の順位としてはJリーグ記録となった、6位という成績を残して1stステージを終え、その頃やっとネット環境が復活。
例のお方(以下Oさん)と2ndステージ開幕前の6月に府中フォーリス(ちょうどその時期FC東京写真展をやっていたので)でお会いして、色々意見交換。私は転勤族のため、いつ転勤で首都圏を離れるのかわからないことなども話しました。
それと、当時私は、実家は狛江にあるものの、仕事の都合で横浜在住だったので、なかなか狛江市内では活動できないことも話した覚えがあります。

あの段階では、ホームページ開設のことも話題に上りましたが、私自身そんなにパソコンに詳しくなく、転勤族のため、私が開設するのは難しく、誰か詳しい方に開設を依頼しようかという話まででした。
結局、ポスターやメンバー募集の張り紙をを市内の掲示板に貼ること、旗を作ろうということで「発足式」は終えました。

なお、会の名称については、私は「FC東京狛江サポーターズクラブ」とかいう名称が無難かなと思っていましたが、Oさんは予め「FC東京を応援する狛江人の会」と決めていらっしゃっていました。
これは今考えてもすばらしいネーミングです。
「狛江人」という言葉、それまではほとんど耳にしたことはありません。
多分狛江関連サイトを見ていない人なら今でも「狛江人」という言葉をほとんど聞いたことがないでしょう。
「狛江人」という言葉、私の解釈では、狛江市民であろうとなかろうと、狛江に帰属意識を持つ人全ての総称だと考えています。
海外に行っても「日本人」なのと同じです。
当時私は横浜市民でしたが、私自身はどこに行ってもずっと「狛江人」と思うようになりました。
この言葉のインパクトに感動し、当サイトのメインタイトルも「狛江人」にしました。
検索サイトで「狛江人」で検索するとFC東京を応援する狛江人の会関連のサイトが現在もズラリと並びます。
他の狛江関連サイトや掲示板でも「狛江人」という言葉を使われる方がしばしば出てくるようになりました。
Oさんとは現在は一緒に活動はしていませんが、このネーミングを作っていただいたことには今も大変感謝しています。
(続きは次回 以前のものはブログに掲載されております)

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2005/06/23

サイト開設までの思い出 その1

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「狛江でFC東京を盛り上げたい」とFMC(「FC東京と一緒に楽しむ会」主に府中・調布・三鷹でJCの方が中心になって活動)さんの掲示板で私が「狛江の人、誰かいませんかー?」と呼びかけたことが、FC東京を応援する狛江人の会発足のきっかけです。

確か99年、FC東京がJ1昇格を決め、天皇杯も終わった後の事。
当時、まだFC東京がお世辞にも人気チームとは言えない中、FMCさんの掲示板でも、どうやったらFC東京をもっと盛り上げてサポーターを増やすことができるのかという話題で盛り上がっており、私も参加していました(なお、FMCさんの掲示板の中で私の行った主な提案は、川崎フロンターレの行っていた武蔵小杉駅の手作り掲示板をFC東京でもどこかでやれないかという提案と、「KOMAE」など、地域名の入ったFC東京フラッグを作れないかという提案)。

当時のハンドルネームは、自分が狛江人だと、見た人にわかって欲しいという思いから、私の出身地である「元和泉1丁目」というストレートなハンドルネームを使っていました。

「狛江の人いませんか?」という書き込みをしたところ、後日レスを付けてくれた狛江在住の方がいました。

メール交換して、いつか会いましょうと約束しました。
(続きは次回)

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2005/06/22

私が運営しているホームページ、実は5つもあります!

1.FC東京を応援する狛江人の会のM1のページ
2.スクールウォーズ2を語るページ
3.駄菓子屋文化を存続させる会
4.日本サブカルチャー
5.今回から開設したブログ
実はこんなにあったりします。1は一番盛り上がらなければいけないサイトなので、毎日更新は心がけています。4の日本サブカルチャーに関しては、まだ独立サイトのようにはなっていませんが、いずれは・・。なんといっても以前大手総合研究所から、官公庁サイトの開設の際、是非リンクを張らせて欲しいというメールが来て、非常におったまげて独立サイトにせねばと思っていたところ、その後音沙汰なし・・・。でもやる気のある時にせめてアクセスカウンタくらいは付けます。
3はこれは絶対盛り上がると思って自信を持って開設したところ、全く盛り上がらず。私としては横山商店の閉店でやる気をなくしたのかも・・・。そして最も驚きなのが2の「スクールウォーズ2を語るページ」!ここ数ヶ月更新もしていない状況で、知らぬ間にアクセス数70000突破。今もアクセスが増え続けている。「スクールウォーズ」で検索して来る人のアクセスばかりですが。いずれメインのサイトが抜かれるかも。

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7月3日、投票に行きましょう!!

特に今年初めて選挙権を行使できる20歳の方に忠告!「自分自身の判断で投票をしましょう」!!もしかしたら小中学校時代、確かに同期だけど、ほとんど話をしたことのない、自称「幼なじみ」の人が突然あなたの家を訪れることがあっても、家のポストに何かチラシが入っていたとしても、その意見を鵜呑みにしてはいけません。あくまであなた自身が「こういう東京であって欲しい」と判断をして、投票に行ってください。できるだけ多くの意見に耳を傾けることが大切です。特に今の時代、インターネットがあるので、その「意見」を容易に見ることができます。もし自分の意見に合う候補者がいなかったら投票に行かないのではなく、投票用紙に何も記入せずに投票すればいいのです!
特に若年層の投票率の低下が問題になっていますが、将来、高齢化社会に突入したら、お年寄りばかりが選挙権を行使することになるんですよ。お年寄りの意見ばかりが暮らしに反映され、若者の意見があなたの暮らしに反映されなくなってしまいます。一方、税金を払って、国を支えるのはお年寄りではなくもちろん勤労者層です。それでいいと思いますか?

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写真テスト

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2005/06/21

ワールドユース、コンフェデ杯と、東京の選手が大活躍!

コンフェデ杯は、加地が大活躍!イングランドプレミアリーグのリバプールやアーセナルが興味を示したんだって!2年くらい前、東京で徳永にポジションを奪われていた頃を思うと信じられない。ワールドユースでは東京の前監督である大熊監督の下で、梶山・増嶋と、東京所属の選手が活躍し、決勝トーナメント進出!
非常にうれしいことだけに、7月のリーグ戦再開後は頼みます、ホントに。

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嫌われるのは歓迎!?

「嫌いな人が多い」というのは「人気がある」の裏返し。某掲示板サイトで、嫌いなJリーグチームのスレッドが比較的盛り上がっていて、今のところなんとFC東京が1位。常勝チームでもなく、チーム創設6年と、歴史が浅いのにかかわらず、ここまで憎まれているとは驚きである。FC東京はJリーグ新参者のくせにサポーターが調子に乗りすぎているという「不満」のようなものが他チームサポにあるらしい(一部サポーターの起こした事件にも問題はあるが)。逆に言えば、それだけ注目を浴びるチームになってきたということ。そういう意味では嫌っていただいて光栄。このサイトについてもいえることかもしれないけど、私としては、東京というチームに「興味がない」というよりも「嫌い」と思ってくれる方がずっといい。それだけ意識してくれているわけだからね。これで「強くて憎たらしい」という要素が加わればさらにうれしいんだけど・・。

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うれしいですね!

18日はポスター配布にお店回りしました。お店の方からは、通りかかる人がよくポスターを見てくれているという声を何度も聞きました。確実に狛江市内でFC東京が地元チームとして定着している証だと思います。いずれは調布や品川のように街灯フラッグが付き、市内を青赤に染めたいという夢まであと一歩!今シーズンはFC東京を応援する狛江人の会にとっての「飛躍」のシーズンにしたいですね。チームの勢いもそれに続いて欲しいですが・・。
また、お店・会社紹介コーナーがますます盛り上がります!あの有名店!がついに加わります!!次回の更新をお楽しみに!!

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狛江生まれの新スポーツ、「手・サッカー」をパラリンピック種目に

15日の読売新聞の武蔵野版を読んでびっくり!身体障害者も健常者も車椅子に乗って、手でプレーする「手・サッカー」という新スポーツが、なんと狛江で誕生して今年6年目だとか!!以前狛江人の会の方が駒沢でこの試合を観に行って、報告をしてくれたことがあったので、このスポーツの存在は知っていました。でもまさかこのスポーツが狛江生まれなんて!!99年設立の「手・サッカー協会」は、狛江市の補助金を得て昨年11月からガイドブック作りを進めてきたそうです。いずれはパラリンピック種目にしたいといとのこと。もしこれが実現すれば、狛江は手・サッカーで世界的に有名な町になる!サッカーチームのサポーターとして、これは是非実現に協力したい!!!確かヴェルディはこの普及に協力しているそうです。FC東京も是非

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