2014/08/23

思い出すことで、彼は今も生き続ける


http://homepage2.nifty.com/komaetokyo/
の巻頭言より転載。
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 今、理由あって1日に何度も小学校時代を思い出している。
私の狛江第一小学校時代の最大の思い出と言えば、6年生の時のサッカー大会である。
5~6年生のクラス対抗のリーグ戦だったが、私のいた6年3組は、1回戦で5年生に敗北した。
これが他のクラスから、「5年に負けちゃおしまいだよ」などと言われ、さんざんバカにされ、とても悔しい思いをしたのを覚えている。
 しかし、その後の試合では5年生の他のクラスに勝ち続け、6年生同士の戦いになり、自分達をバカにした児童のいたクラスに勝利、そして最終戦でそれまで全勝していた隣の2組にも勝利。
そして2組と優勝決定戦を行うことになり、これでも我が6年3組は勝利し、逆転優勝を飾った。
 この時の喜びは今も忘れられない。
 担任の先生もものすごく喜び、クラスメート全員にポケットマネーでアイスクリームをごちそうしてくれた。
今でもあの頃の喜びは忘れられず、大人になってからも何度も周りの人にこのエピソードを語っていた。
自分のいた6年3組は、4年生から3年間クラス替えがなかったこともあり、思い入れが強く、30歳くらいの時にやったクラス会でもかなりの人数が集まり、今も元クラスメート同士仲良くしている人も多い。

 だがつい先日、その大事なクラスメートの一人が亡くなった。

クラスでも最も元気で明るかったヤツで、スポーツ万能だった。
あのサッカー大会でももちろん主力メンバーで、多分ゴールも決めていたと思う。

2ヶ月ほど前にメール交換していただけに非常に驚きだった。
今は、小学校の頃の彼のことを思い出しているが、自分にとっては彼の明るさ・生き方がカッコいいとずっと思っていた。
見た目とか頭がいいとか以前に、自分にストレートに生きているという点が魅力で、自分が大人になってからも、彼を思い出すたびに、ある意味憧れの存在だった。
そんな彼はもういない。
 4年前に職場の同僚を亡くした時、告別式で父親が挨拶で「たまには彼のことを思い出してくれると嬉しいです」と語られたのを聞いて、自分は「彼のことを一日一度は必ず思い出そう」と決めて、今もほぼそれは実行している。
  職場の亡くなった同僚の経験からわかったことは、

亡くなった人のことを思い出し続けることで、自分の心の中で彼はずっと生き続けること。

そして、誠に無念であるが、このことを実行する人物が一人増えた。

しかし彼を自分の心のなかに「生き続けさせる」ためにも、毎日思い出し続けてゆきたい。

米子に住んでいるのもあり、告別式には行けなかったが、来週末に仕事の用事もあって狛江に帰る。
一生の思い出となったあのサッカー大会の行われた狛江一小は、校舎が移転してしまい、今は存在しない。
旧校舎のあった狛江駅北口ロータリーに行って、優勝した時の喜び、そして彼が元気にグラウンドを駆け回った姿をじっくり思い出したい。

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2010/12/18

今年1年を振り返る

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今年1年は、正直なところ、とてもつらい1年だった。
FC東京のJ2降格もつらかったが、それはFC東京のこれから長く続く時代の1ページだと冷静に受け止めている。
仕事は営業時代と比べればさほどきつくはない。
これをきついと言ったら営業職のみんなには申し訳ない。
今年は、もっと深い、精神的な意味でつらい1年だった。

私にとっての今年を漢字一字で表せば

「死」

である。

「死」について、ここまで身近に、深く考えた年はなかった。
そのきっかけは、以前もここで書いたが、元旦に前の東京の職場で6年間一緒に働いた同僚が、35歳という若さで心不全で急死したことである。
翌週の告別式に名古屋から東京に日帰りで戻って参列したが、その時に見た、もう目が開かない彼の姿、霊柩車で運ばれるところが今も忘れられない。
東京時代の職場仲間の話だと、正月休みに入るつい2日前まではもちろんこんなことになるなんて想定できないくらい元気だったのに、突然・・・・。

「人間ってこんなに簡単に死ぬのか」
と思い、自分でもいつこういうことが起こってもおかしくないと考えるようになった。

告別式で、彼のお父様が、挨拶で「たまには息子のことを思い出してくれると嬉しいです」とおっしゃっていた。
彼の奥様からもそういう内容でメールをいただいた。

だから、私も彼のことを、たとえつらくても、1日に一度は必ず思い出そうと心がけた。
今の名古屋の職場の机に彼が写っている写真も貼った。

だが、心がけなくても、どうしても彼のことを思い出してしまう。
今でも。
1日に一度どころではない。

ニュースで「○○さんが60歳の若さで亡くなった」
というのを見たりすると、

「でもあいつは35歳で死んだ・・・」

と心の中で言い返してしまう。
先日、母親の手術の見送りで病院に行った時、病棟で寝ているお年寄りの姿を見て、大変だと思う一方で、

「でもあいつは35歳で死んだ・・・」

と、どうしても考えてしまう。
本当に入院していたお年寄りの方々には申し訳ないと思うが、どうしてもそう思ってしまうというのが正直な気持である。

もうあれから1年になるが、「でもあいつは35歳で死んだ・・・」が今も心の中での「口ぐせ」である。
親戚でもない私がこれだけなのだから、奥様やご両親は今ももっとつらい思いをしているはずだ。

私も、まだしばらくは、こういう「つらい部分」を思い出す日々が続くと思う。
それはそれで受け止めるしかない。
時がたって、そのつらさがだんだん和らいでからも、彼のことを思い出すこと、そして彼がやりたかったことで、生きている自分が今できることをすることを常に心がけたい。

一眼レフやスライドショーによる動画編集を個人的にやっていた私は、ここ3年間ほど、会社で人事異動があるたびに、異動者への送別用スライドショーDVDを作成して、本人に贈っていた。
人事異動の内示があるたびに、東京の職場へ同時期に赴任した私は彼と「俺異動かな?」と話し合っていたが、その度に
「徳永さん俺より先に異動しちゃだめですよ。俺のDVD作ってくれなくなるじゃないですか」
と言われていた。
結局私が彼より先に、昨年7月に名古屋に異動することになり、彼の異動送別DVDはその時点では作られなくなった。
彼の訃報を聞いたとき、このことが申し訳ないと思い、彼に贈るDVDを作って、遺族の皆様に差し上げることにした。
彼の望み通り、あくまで人事異動で転勤した場合の、ユーモアを入れた内容のもので、出来る限りかっこよくしてやりたいということで、THIS IS ITと同じオープニングにすべく、バックミュージックにマイケル・ジャクソンの「Wanna Be Starting Something」を入れた。
昨日これを改めて見たが、亡くなってからだけど、彼との「約束」を果たしたということを再認識し、心のなかにあった「つらさ」が少し和らいだ。

ここの日記でも書いたが、何らかの形でキミがいたことを証明することを、今後はやってゆきたい。

今年のもう一つのトピックは、今私のいる名古屋で、昨年に引き続き、マイケル・ジャクソン関係のイベントを2回(6月26日の一周忌追悼全国同時Beat It10月23日の全世界同時Thriller)も主催者としてやらせていただいたこと。昨年に続き、TVにも出た。
7月には故郷狛江でもやることができた。しかもFC東京レプリカを着て。
考えてみれば、これもマイケル・ジャクソンという人物の「死」がきっかけである。
イベントを実現したことによる、達成感はあるが、こと6月26日の一周忌イベントに関しては、素直に嬉しいと言えるわけではない。
マイケル・ジャクソンという人物がまだこの世に入れば、間違いなくこういうことはやっていないやっていない。
もしかしたら今頃THIS IS ITのJAPANツアーが開催されていたかも、と思うとつらい。

でも、今年に亡くなった彼と同じく、マイケル・ジャクソンという人物がいたことを証明し、それを今、自分のいる名古屋で広めてゆくことができたということへの「喜び」はもちろんある。
元々私はこういうサイトの運営をしていことからもわかる通り、地元名古屋の人間ではないのに、こんなことをやらせていただくことは申し訳ないという気持がある。
いつまで名古屋にいるかはわからないが、少なくとも自分が名古屋にいる間は、マイケルのことを一人でも多くの人に広めてゆく活動に、少しでも協力して、自分が名古屋にいた事の「証明」にしてゆきたい。


生きている間に、生きている人間がしなければならないことがある。それを行うことが、死んだ者への手向けだ (byクワトロ・バジーナ)

そして狛江では、FC東京のことを広めてゆく活動を、ライフワークとして行ってまいります。

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2010/04/17

なんと私の作ったサイトが本の参考文献になっていた!


やっと東京の実家に帰ってきたが、その前に新宿の紀伊国屋に立ち寄って、

日本のなかの世界一

という本を発見。
今良くある500円の暇つぶし知識の本で、こういったことにはすごく興味があったので、早速購入。

で、少し読んでみて、最後のページの「参考文献」「参考URL」を見てびっくり!

Dvc00003

なんと、

日本の「世界一」
http://homepage2.nifty.com/komaetokyo/subculture/nipponsub/sekai1.htm

と書かれているではないか。

これ、私がもうだいぶ前に作ったサイト上のコンテンツ「日本サブカルチャー」の1つですよ!!
http://homepage2.nifty.com/komaetokyo/subculture/nipponsubuculturetop.htm

なんとこんなところに参考URLとして書かれていたとは。
この本は昨年11月末発売ということだったが、全く知らなかった。

うれしいというか、衝撃的過ぎる。
元々この本、私がサイトのネタにならないかとも考えて買ったのだ。
ところが、この本は私のサイトをネタにして書かれていたのだ。

いやー嬉しいね。
この出版社にお礼の連絡でもしておこうかな。

元気がない時代だからこそ、もっと自分達の日本を見直そう、日本をほめよう!
という意図ではじめたこのコンテンツ。

この本を読んでもなんか元気が出てくる。
ほとんど更新していませんが、今こういった本が出るということは、ある意味時代の要請に合っているのかも。

とにかく、この本を読んで、みなさん元気になりましょう。

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2009/09/17

商店街活性化は難しいが・・・。

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私は狛江から名古屋に転勤し、今、新瑞橋というところ(瑞穂運動場の近く)に住んでいますが、非常に便利です。
駅中心部に近いだけでなく、大手量販店(ユニー系のピアゴ)・ブックオフ・吉野家・ココイチ・王将・エイデン(家電量販店)などが5分以内に歩いていける範囲にあります。
そして来年春には住まいの通りをはさんで真向かいにイオンモール(マイカル)ができます。
こうなるとさらに便利です。
個人経営のお店に行くのは、みそかつとかあんかけパスタなど、地元名物系のお店くらいなものです。

ここまで言うと、わかるかもしれませんが、これが地元の外から来た人の感覚です。
今回の異動でそれを身を持って感じました。

狛江に置き換えても同じだと思います。
都心部に近い、特に新宿や町田に近くて買い物も便利、23区内よりは家賃などが安いなどがその理由になりましょうか。
私の親は九州出身で、住まいを狛江に決めたのはそういう理由だったそうです。

お店に関しては、みんな「安くて・品揃えが多くて・便利」なお店を選びます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続きはここで!
FC東京をうまく利用するだけでなく、他の手段も必要と感じました。
それを書いています。
是非皆さんのご意見をお聞かせください!


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2009/07/13

狛江人・東京人の魂を胸に名古屋へ行きます


昨日の名古屋戦、自分にとっては勝利以上に思い出に残る試合となりました。

実は私、会社より7月16日から名古屋への異動を命じられたからです。
99年に東京サポーターとなって10年、一度も首都圏を離れたことがありませんでしたが、ついにこの日がやってきてしまいました。
内示を受けた時は大変ショックでした。
狛江市内でここまで活動をし続けていただけに。
でも命令には従わなければなりません。
そうである以上、現実を受け止めて、狛江人・東京人の魂を胸に名古屋で仕事もそれ以外も励んで行こうと思います。
そして、いつか必ず帰って来ます!
名古屋戦は仕事関係の取引先の東京サポーターの方と送別観戦もかねて行ってまいりました。
自分の行き先の名古屋相手に目の前で圧勝してくれました。
名古屋へ行く私に選手達が勝利というすばらしいプレゼントをしてくれたと勝手ながら思っています。

試合中の「東京」コール、しみじみと聞いていました。
初観戦時に等々力で涙が出そうになった時と同じ気持ちでした。
やっぱり東京が最高です!
名古屋で行われるアウェイの試合が今から楽しみです。
東京出身だけど、名古屋に住む自分のような人にとって、故郷東京から、選手だけでなく多くのサポーターが押し寄せるのだから。
名古屋で聞く東京コールほど、ジーンと来るものはないと思います。
愛郷心はこういうところから生まれてくると思います。
東京も他の地方と同じ、出身の人にとっては立派な故郷です!
東京人の誇り、それがFC東京だと個人的に思っています。

皆さん、東京にいるときは本当にありがとうございました。
FC東京を応援する狛江人の会およびサイト運営は引き続き行ってまいります。
よろしくお願い申し上げます。

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2009/06/12

街宣デビュー!

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先日、生まれて初めて街宣に参加した。

駅前でチラシ配りの他、マイクで演説。
自分の番が回って来たときはすごく緊張した。
自らマイクを持って不特定多数の人に演説、主張をアピールするのはもちろん初めてで、メモも用意せず、頭の中で考えてきたことをしゃべった。
元々口ベタのため、うまく主張できなかったと思ったが、周りからは「すごいうまかった」と言われ、ちょっと嬉しかったかも。

その他チラシをもらってくれたあるおばさんからは激励のメッセージをもらい、気分が良かった!

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2009/05/07

東京出身なら東京土産を職場に!

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http://homepage2.nifty.com/komaetokyo/
の巻頭言より転載

GW中は、3日間風引いてダウン。
広島戦のスクエアー観戦も、「感染」の可能性もあるので「観戦」できず、しかも負けてしまった・・・。
やっと熱が下がったが、のどの痛みがまだあり、本日からもマスク出勤。
ちなみに何度も当サイトでアピールしているが、GW中、職場で帰省した人は、会社に帰省土産を買ってくる人が結構いるが、私も毎回帰省土産を買って、職場に持参している。
私の故郷は狛江、ということで狛江名物のお店といえば「菓匠・志むら」。
今回も私は志むらで狛江のお菓子を買って、本日職場に持参する。
東京出身の人にとっては東京が故郷!
だから東京出身の東京ファンの皆さん、わが町の名物を買って、帰省土産に職場に持参しよう!
ちなみに私は昨年はFC東京VAMOSせんべいを持参しました。

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2009/04/25

最近の子供の名前がひどすぎる

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http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0904/24/news032.html

最近、子供をペットと勘違いしている親が多いようだ。
双子の赤ちゃんがかわいかったからという理由で、「たまご」「ひよこ」という名前をつけたというのにはびっくりした。
その子供たちはいつまでも「かわいい」わけではない。
老人になっても改名しなければ、その名前を背負い続けるわけで。

それと変な横文字の当て字の名前も増えている。
「天使」で「えんじぇる」という名前の子供が本当にいるらしい。
かく言う私も「健」と言う名前で、親からは外国人にも通用する名前としてこの名前をつけたと言われた。
でも、個人的には決して奇抜ではなく、許容範囲の名前だと思う。

どこにもない名前をつけたがる親が増えているようだ。
彼らいわく「個性」を出したいのだろう。


そこでそのような親に、次の台詞を捧げたい。
かつての伝説的スポ根ドラマ「スクール☆ウォーズ」で、主人公の滝沢賢治が「制服なんて個性がねーよ」と主張し、私服で学校に通い続けるラグビー部員の森田に言った言葉である。


「森田。ラグビーの選手たちはみな、仲間と同じユニフォームを着ているな。
彼らには個性は無いか?
野球だってそうだ。王、長島、張本、山本浩二 どんな大選手だって、みんな仲間と同じユニフォームを着てるじゃないか?
彼らには個性がないか?
組織に属したり、同じ服装をすると個性が無くなると、人はよく言う。だがな、
そうゆうことを言うやつに限って、最初から個性なんてありはしないんだ。」

服装や名前の「個性」は、表面的なものでしかない。
個性とは、自らの力で切り開くものだ。


でも、個人的には彼らを見習うべき点がある。

少子化の現在、個人的には子供が一人でも多くいるということは、将来の日本には必ず必要なこと。
私にはそれが全く出来ていない。
それ以前に30代後半になっても相手がいないが・・・・・・・・・・。

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2009/04/15

五輪招致に一役!品川に18メートル等身大ガンダム 

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http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090415/trd0904151742006-n1.htm
ガンダムも東京五輪招致を応援する!
我々も応援しよう!


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2009/02/04

へこんだ・・・

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http://homepage2.nifty.com/komaetokyo/
の巻頭言より転載

この前の日曜日、献血をするために新宿の献血センターに行った。
私は500人に1人の、RH-A型というまれな血液型の持ち主のため、やっておいた方が世のため人のためになるだろうと思って行った(前回は昨年8月の運転免許更新時)。
本音を言うと・・・・・新宿の献血センターでは、献血者に対して、ミスタードーナツ・ハーゲンダッツ・ハンバーガーなどがタダで食べ放題(に近い)なのだ。
タダとは言っても、献血をするのが条件だが。
雑誌やビデオもあり、ちょっとしたマンガ喫茶みたいなものである。
当日は昼食を抑えて「ドーナツ3個以上食べるぞ」と張り切って献血センターに向かった。
そして検査を受けた・・・・・・・・・・が、なんとストップがかかった・・・・・・・・・・。
私は過去10回献血をしたが、ストップだったのはこれが初めて。
理由は、前日に歯医者で虫歯の治療をしたから。
虫歯を削ったりすると雑菌か何かが血液に入る可能性があるらしい・・・。
休みなのに飲酒もしないで万全な態勢で臨んだが、こんなことでひっかかるとは。
やむなくドーナツを目の前にして帰る羽目に。
張り切って行ったのに、これは非常にへこんだぞ
でも、どうしてもドーナツが食べたかったので、センターの近くのミスタードーナツでお金を払って食べた。
まあ、今後献血する上での注意事項にはなったということで、来週こそ万全の準備で行くかな?

特にFC東京ファンの皆さん、是非みんなで献血に行きましょう!
東京ファン献血キャンペーンと銘打って、スタジアムに献血車が来るなんていうことができてもいいかなと思った。
こういったことを行うことが非FC東京ファンへの関心を深め、「新規開拓」ができるきっかけになると思います。

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